二宮金次郎の七代目と会う!

ブログ
この記事は約3分で読めます。

 昨日の夜、二宮金次郎の七代目の孫にあたる〝中桐 万里子〟さんの講演会に参加してきました。90分間の講演内容、すべてノー原稿で、なめらかに、具体的な事例を交えて、分かりやすく講話される様子を見て、「やはりここまで来ないと全国区になれない」と痛感しました。

 アッという間の90分間。私も90分間の講演は3回ほど経験したことがありますが、途中ビデオを見せたり、子どものノートを読んだりして、実質、私だけの語りは60分間もなかったような気がします。語りだけで人を惹きつける内容とその語り口に、全国区のレベルの高さと自らの足りなさをしみじみ思い知らされました。

 それはさておき、濃密かつ豊富な二宮金次郎の話をここですべて紹介するのは、とても難しいので、私が感動し、心にストンと腑に落ちた部分のみ紹介します。

 二宮尊徳さんは、皆様ご存じの通り、600もの村々の困窮と貧困を救ってきた、今でいう経営コンサルタントの草分け的存在です。中桐氏は、村の再興計画書を立てるとき、どの計画書もオーダーメイドで作成するが、スタート地点はどれも同じというのです。

 では、そのスタート地点は何かといえば、次のような問いかけで始めるというのです。

     「アナタは、何を望んでいるのか」「アナタは、何に困っているのか」

 二宮尊徳に訴えに行った武士たちは、一応に「この荒れ果てた土地を何とかしてほしい」「田畑から収穫がないと民も困るし、年貢も取り立てられない」と現象ばかりを言います。

 しかし、尊徳のホントに問うているのは、そういうことではありません。実は「根っこ」を問うているのです。訴えてきた武士は、そもそも何ための存在するのか。「命を懸けて民を守るため」に存在するはず。年貢がないと困るなんてチャンチャラお話にはらない。百姓はそもそも何のために存在するのか、もともと荒地を開墾し、そこから作物を得てきたはず。

 つまり、彼の言わんとすることは次の通りです。

 「復興への道は、自分のルーツをみつけていく道である」

 「どんな出来事にも物事にも人間にも、時間軸を入れて眺めると、それぞれにプロセスがありドラマがある」

 「小さな出来事にこそ、再興のヒントがある。それを見つける〝心眼〟(想像力)を持つことが極めて大事なことである」

 よく〝神は細部に宿る〟という言葉があります。大きなことを為すためには、小さなできごとをよく見て、そこから見えること、分かることをつかみ取り、改善に活かしていく。その積み重ねが彼の言う「積小為大」という名言にたどり着くような気がしました。

 教育現場でも同じことが言えます。子どものことを見ているようで見ていない。子どものささいなひと言を聞いているようで聞いていない。ささいな子どもの表情の変化や言葉の奥にある思いに気づくことから、本当の子ども理解が始まると思います。

 なかなかすべてを語りつくすことはできませんが、「先人の智慧から学ぶ」ことが賢者の王道であることを結びにかえて、今回のブログを終えたいと思います。

 ご覧いただき、誠にありがとうございました。

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました